THE WAY WE WALK
|J.CHAPELの信仰の姿勢
「人間が中心ではなく主なる神様を中心とする」
THE WAY WE WALK
|J.CHAPELの信仰の姿勢
「人間が中心ではなく主なる神様を中心とする」
天と地を造られた
創造主なる神からすべては始まり、
私たちは神のもとへと帰っていきます。
神様のご計画は、
時が満ちるとき、
天にあるものも地にあるものも、
すべてをキリストの中で一つに結び合わせること。
そして私たちも、
キリストの中で神と一つに結ばれるよう
招かれています。
イエス・キリストによって
主と結ばれ、
そのいのちの中に生きるために。
礼拝は、教会に集う時間だけのものではありません。
主に向かい、主に聞き、主に従って歩む。
その歩みは、
日々の生活の中にも広がっていきます。
働くときも、語るときも、
静かに過ごすときも、
主のうちに生きるすべてが、
神にささげられる礼拝となっていきます。
私たちは、
人生そのものを礼拝として生きるよう招かれています。
まず主に向かい、
その御心に耳を澄ませます。
主の前に祭壇を築くこと。
それがすべての始まりです。
旧約の信仰の人々も、
主の前に祭壇を築きました。
そして使徒たちもまた、
祈りの中で主を待ち望み、
聖霊の導きに従って歩みました。
礼拝とは、神様にささげること。
そして同時に、
「聞け、イスラエルよ」と語られるように、
主の御声に耳を澄ませることでもあります。
主に聞き、主にささげ、主とともに歩む。
そこから、
主とともに歩む、新しい一日が始まります。
私たちは、それぞれ異なる存在でありながら、
主にあって結ばれ、
ひとつのからだとして建て上げられていきます。
それは、J.CHAPELが成長することだけを
目指しているのではありません。
主にあって、一つの心となり、
同じ主を見上げて歩んでいきます。
イエス・キリストが何を語り、
何を指し示しておられるのか。
その言葉に目を向けていくとき、
私たちは、教会という枠を越えて広がる
神の国の姿を見出していきます。
神の国を広げるために
教会が存在しているのではなく、
神の国が先にあり、
その中で教会が建て上げられていきます。
そして主が建て上げてくださるその教会を通して、
神の国はあらわされ、広がっていきます。
神の国とその義を第一に求めます。
神の国に生きる時、
すべてのものを満たす方によって
すべてのものが満たされるのです。
人の期待に応えるよりも、
神の御心に忠実であることを選びます。
人の声に心を騒がせるのではなく、
まず主に向かい、その御声に耳を澄ませます。
「何が求められているか」ではなく、
「主が何を望まれるか」を尋ねます。
それは、人を疎かにすることではなく、
主の愛によって、真実に隣人を愛するため。
期待に応える歩みではなく、
御心に応える歩みを。
それが、主とともに歩む道です。
結ばれる実によって
その歩みは確かめられていきます。
木がその実によって知られるように、
歩みもまた、
結ばれる実によってあらわされます。
主のうちにとどまるとき、
いのちは実を結び、
その実が証しとなっていきます。
J.CHAPELの歩みが、
主の実を結ぶものとなりますように。
そしてその実によって、
主こそ神であることがあらわされますように。